コイワカメラの「世界の路地裏で(または女たち)」

旅先で出会う変わった事物や、または女たち。 それに纏わるショート・ストーリーズ

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 このシリーズ3回目にして最終回の「今回も色々お世話になりました」2007年版。この旅は離婚する2年前だったので、もちろん家族旅行。我が家は僕と嫁・娘の3人家族だったので必然、民主主義的には「女性の意見」が過半数を占めたので、旅先での僕のポジションは通訳でドライ ...

前回エントリーしたネタの続き。当時の家族旅行は基本的に中日5〜7日の滞在だったので要する日々は一週間から10日ほど。キッチン付きの宿泊施設に宿泊することがほとんどながら調理することはほぼ無かったので、必然ほぼ外食になっては結構な数の店舗を利用するわけで。そん ...

今回も色々お世話になりました 一週間足らずの滞在中「旅行中くらいは料理をしたくない」とのカミさん(当時)の要望で、フル・キッチン完備ながら使うのはお湯を沸かすくらい。 また、冷蔵庫の中はドリンク類ばかり。必然テイク・アウトか外食になるのは必須。ご近所を中 ...

バハマで、ピンク・サンド・ビーチで、泳ぐんだ!1988/02 - 1988/02 バハマの首都「ナッソウ」の北側にある「ケーブル・ビーチ」にある「ドラム&ビート」と言うディスコ(クラブ)のAB面。そのディスコ先のビーチ入り口でホット・ドッグ売りの屋台のBBAに「今日は人が出て ...

初めて訪れた日本海沿岸部の秋田。着いて見ると豪雪の中で、台風以上の突風が吹きすさぶ気候。「やはり、日本海は凄い!」と思っていたら「爆弾低気圧」と言う異常気象だった。 一週間以上滞在した中で雪の降らなかった日は一日のみと言う豪雪の中、撮れる風景は白銀に覆わ ...

パシフィック・コースト・ハイウェイを南へ!  L.A.(ロス・アンゼルス)を出発してメキシコのティファナまで、気になった街で飯を食い、気に入った街で泊まる。何の予定も立てず、ガイドブックさえも持たない、そんな旅がしたかった。当時流行りの「ロード・ムービー」を自 ...

南湾花園 (マカオ・ストリート・ストーリーズ12) その昔は、マカオ駐留のポルトガル軍の総司令部があった砦の一画。現在は総司令部の建物はハイ・クラスのレストランに変わり、周辺は昔の砦の頃の雰囲気を残したまま草花の生い茂る公園として地元の人たちの憩いの場となっ ...

 フィリピンにまだ2〜3度しか訪れていない頃の、フィリピンに対して「ピュアな」見識と対応で過ごしていた頃w艶っぽい事を考えなくなった近年は、このエクスカーションの時より多くのローカルとより深い付き合いをしている。(一般的に言われる)人生百年を折り返してから ...

 最近話題の「アメリカ・メキシコ陸路国境」の西海岸メキシコ側に越えた場所にある「Tijuana(ティフアナ)」の街。ひと頃は「世界一治安の悪い街」とも言われては世界中の好事家たちを集めた。僕も何度か訪れては滞在したけれど、大概買い付けの仕事で訪れる事が多く写真を ...

 台北から電車に揺られること小一時間。 九份までの中継地点でもある瑞芳の駅前は晴れ。 その駅前から九份へ向けて市バスに乗り込む。 瑞芳の市街地を5〜10分程走ると山道に差し掛かる。 遠くの山々に濃い霧がかかり山頂が見えない。 「幻想的だ」などと思っているとバ ...

南湾花園 (マカオ・ストリート・ストーリーズ12) 旅行時期 2006/07 - 2006/08 (2007/08/06投稿) その昔は、マカオ駐留のポルトガル軍の総司令部があった砦の一画。現在は総司令部の建物はハイ・クラスのレストランに変わり、周辺は昔の砦の頃の雰囲気を残したまま草花 ...

恒例、九份路地裏KGB旅行時期 2006/01 - 2006/01 (2006/02/02投稿)九份は観光客にとっても非常にわかりやすい(歩きやすい)街だ。 赤提灯が掲げられた「基山街・輕便路」」の2本の通りと、それらと交差する石畳の階段の坂道である豎崎路が観光エリア。 それ以外は路地裏 ...

飲んで食うのだ! 旅行時期 2004/01/29 - 2004/02/02 (2004/08/03投稿)家族旅行はドウシテモ子供中心になってしまう。そんな時、親の楽しみは、飲んで食うのだ! 近所のアイスクリーム屋。安い、デカイ、旨いで、毎日行くのだ!伝説のリンズ-バーベキュー。ここのバーベ ...

初めてインドネシアのバリ島を訪れたのは25歳を目前にした、まだ24歳の頃。初めての東南アジアの気候や風土、習慣、宗教観、生殖観、風俗、飲食、インフラ、などに179度ほど思考回路が傾いた。若さゆえの「好奇心」は今更ながら怖いほどだ。そんな若き日の一こま。.......... ...

孫逸仙大馬路 (マカオ・ストリート・ストーリーズ11) 旅行時期 2005/07 - 2005/08 (2007/07/18投稿) マカオ半島部の南端。世界遺産でもある媽閣廟のある媽閣山の麓からマカオ・タワーを横切り、新鎮海区まで延びるバイパス。車かバイクじゃなければ行き来するにはしん ...

前回のこのシリーズの「崗陵街(荒字巷)」を「水坑尾街」に出ず丁字広めの「馬大臣街」を「東望洋街」まで進み、その一本東側の路地が「亞卑寮奴你士街 (荷蘭園二馬路)」だ。10年前まではバス通りの「東望洋街」に面したマンションの一階にもタイ人向けのテナントがたくさ ...

僕の澳門滞在創世記の頃の宿は松山南側の「皇都酒店(ホテル・ロイヤル)」や「東望洋酒店(ホテル・ギア)」だったし、宿を内港エリアに変えた後も夏場は公共プールの「新花園泳池」に通っていたので雀仔園街市周辺のこのエリアには絶えず明るい。もちろん長年通い尽くした ...

この頃(2006年)の澳門は前年に世界遺産登録され、それまで宗主国のポルトガルやポルトガル語諸国共同体に関係する国や地域からの訪問客が多少と、大多数の香港・大陸側中国・台湾などの中華圏からの訪問客ばかりだったのが、パラパラと今まで目にしなかった国々からの観光 ...

何か最近、早い時間から酔っていると、手っ取り早くのリプライズ・ネタで「GOLDEN DAYS」か「フロム・4TRAVEL」やっちゃうなぁ。でもそれに反して、日に数ネタをアップしたりもしているので相殺かなwと言うわけで、最近の週末やりがちな「フロム・4TRAVEL」の澳門路地裏散策 ...

2005年の7月に、澳門半島部の30箇所が「澳門歴史地区(澳門歴史城区)」として世界遺産に登録されたすぐ後、その姿を確認するかのように訪問・滞在した澳門内港エリアの日常。数年前から続いた世界遺産登録に向けて澳門中が開発・改装の工事が一段落した頃の光景。.......... ...

三盞燈 (マカオ・ストリート・ストーリーズ 5)旅行時期 2006/02 - 2006/02 (2006/03/24投稿) 澳門に数あるロータリー(回転式交差点)の一つ。 日本は都市構造が碁盤の目状なので叉路はよく見かけるけれど回転式交差点はあまり目にしない。 逆に西洋では都市構造が放 ...

2日間オフが続くと分かれば一泊二日でも行っていた2006年ごろ。この当時の「旅カメラ」は110フィルム・カメラとノーマルのフィルム・カメラ、デジカメのSONY U-50とNIKON S4 に携帯付属のカメラを使用しては忙しくそれぞれのカメラで同じ場所を撮ったりしていた。今現在は一 ...

4TRAVEL 一つ前のエントリーで「福隆新街 Rua da Felicidade」をアップして次のエントリーがまた福隆新街なのは、2005年の世界遺産登録を前後にこの通りが中華風の石畳に変化したのを見せたかったのだろう。多くの人は海外旅行をする際、同じ場所は避け気味なのだろうが、僕 ...

初めて買ったデジカメはソニーの200万画素(2メガピクセル)のもので、その当時はその程度が当たり前だったしそんな(進歩の遅い)時期のスパンが長かった時代。それでも画質は当時流通していた携帯電話内臓カメラの3〜4倍は良かった。その後15年以上が経って、コンデジは今 ...

この当時のコンデジは4メガピクセル程度、写メは2メガピクセル程度がデフォルトだったけれど、そんな解像度の悪い画像を一生懸命編集しては「見れる」ものにする工程が楽しくもあった。今現在はコンデジで20メガ、写メで10メガが当たり前だが、編集フェチには逆に物足りない ...

澳門のフォークロアで「澳門の半島部には1234 の(名の付いた)通りがある」なんてことを地元のご老人から聞かされては、当時全てのストリートに赴いては画像を切り取りストーリー仕立てにしようと思った時期があった。2000年前後の頃だが、その頃はカメラの変革期でデジカメ ...

先月10年ぶりに再訪した台湾台北の郊外にある観光地「九份」。久しぶりの訪問だったので帰国してから昔の画像で風景を確認しながら現在の風景とすり合わせ。数十万枚あるファイルから探し出すのも難なので、僕自身が当時エントリーした4TRAVEL のブログで確認w............. ...

旅行時期: 1988年2月〜1988年3月元記事: http://4travel.jp/travelogue/10028096 陸路で国境を越えたかったのか、Tony Lama (ウェスタン・ブーツの老舗)の本店に行きたかったのか、はたまたただ暖かい所に行きたかったのかもう忘れてしまった。 フィラデルフィアから ...

この旅行記を4TRAVEL にアップしたのは2005年の1月20日。既に41歳になりながらもニューヨークへの憧れが捨てきれないテキストから滲み出ているw10日ほど前に満52歳になったけれど、気持ちの上ではまだ「19歳の早朝」で、この街に対する憧れは未だ変わらずだ。心身共に充実し ...

30年近くも前の情報なので、今これらの店が存在するのかも定かではないので恐縮なのですが昔話と割り切っていただいてw 留学先の生活でよく世話になったのが中華料理屋とこれらのヘッド・ショップだった。 日本にはない世界観。 アメリカの高校生の4人に一人は常用し、と ...

いい加減、いい年こいて、そろそろ卒業しようと思いながらも、その居心地のよさについつい足が向いてしまう「重慶大廈(チョンキン・マンション)」。「治安の悪さ」に対してのアドレナリン・ジャンキーの僕には、やはり切っても切れない所なのかと最近は諦め気味ではあるが ...

往路は、広州から磨憨(モーハン)まで宿を取らずに60時間近くかけて一気通関した行程も、復路は行く先々で宿を取りゆっくり昆明まで戻ってきた。ここからまた26時間かけて広州に「火車」で戻り、その後2時間ほどのバスで澳門に帰る旅だ。本来は数ヶ月かけてゆっくりともっと ...

バスやタクシーなどの交通機関が発達しているにもかかわらず、街中には他の地域では今時あまり目にしない自転車の大群を目にする通勤時間。スクーターはもちろんですが、車道を猛スピードで飛ばしていくローラー・ブレードの人もいるし。カラフルでハイブリッドなトクトク。 ...

 鉄道駅近くに「雲南・印象城」と言う名の雲南省の特産物や、ビルマからの輸入品を専門に扱う建物があり、その建物の周りにはたくさんの露天が乱立している。露天にはたくさんの商品が圧縮陳列され、その合間をローカルや観光客や日本人辺境カメラマンがひしめき、すれ違う ...

昆明は雲南省の首府だけに広州などの華南の大都市にも引けを取らないほど大きな街だ。人が多いのはさることながら人の「種類」も多いことこの上ない。宿や食事の選択肢もたくさんあるし、外人旅行者専用かと見紛うばかりの通りもある。辺境の地を巡るのが今回の旅のテーマだ ...

訪問前、この街は下北沢のような街だと思っていた。実際に行ってみると、渋谷のような大都市だった。中国の、辺境の、この辺りまで来ると、絶対的に訪問者は少なく、情報も少ない。「地球の歩き方」はマジで「地球の迷い方」だし、「LONELY PLANET」も「LOST ME PLANET」でし ...

景洪(ジンホン)は大都市で、大体の食は揃っている。 ハンバーガーのチェーン店もあるしイタリアンが食べれる店もある。辺境の街で少数民族だらけの街を旅するために西双版納に来たのに、彼らに纏わり付くような物質的な「貧しさ」に酔ってしまったようだ。その酔いは「食 ...

亜熱帯に位置する景洪(ジンホン)は年間を通して昼間は30℃以上になる事が多いけれど、高地にあるため朝・晩は吐く息が見えるほど冷える。また太陽が照る昼間でも、日陰に入るとひんやりとして過ごしやすいのも事実。 路上で一日のほとんどを過ごすことが当たり前の屋台の ...

西双版納タイ族自治州の州都でもある景洪(ジンホン)。大都市でありながら街中の目抜き通りには椰子の街路樹が植えられ、その下を少数民族の人々が闊歩する、南国風情の色濃い街だ。昆明ほど漢民族度は高くなく、かと言って田舎風情でもない。旅行者にとって過ごしやすい街 ...

2007年4月現在、ミャンマーと中国の陸路国境は公式には開いていない。(ツアーに限って、徳宏タイ族ジンポー族自治州の姐告口岸から出入りできるが。)ここまで来てどうしても国境越えに諦めが付かず、打洛(ダールオ)の中心街にたむろっているバイタクの連中や、宿のおばさ ...

ガイド・ブックなどでは3〜4軒程の宿泊施設しか無い様に書かれる事が多い打洛(ダールオ)のアコモ。実際には国境の街として、また国境観光の街としての受け皿は大きく、公式に国境が開いていない今、供給は過多でそこそこのホテルでも安く宿泊する事ができる。大き目の賓館 ...

打洛(ダールオ)は雲南省南西の辺境にあり中国人とミャンマー人以外は訪れる人も少なく、国境が開いていない今、実際には両国民もあまり訪れはしていない。必然ガイド・ブックやネット上でも画像や情報も少なく、そのフォローと言うわけでも無いのですが、少しでも後続の旅 ...

「その街を知るには、まずその街の市場へ行け」と良く言われる。僕自身もそう思うし、打洛のような小さな街では市場のほかには小さな個人商店以外に買い物をする場所が無いのでそれは特に顕著だ。どんな人たちが何を食べ、何を着て、何を楽しみにこの街で暮らしているのかが ...

中国南西の端。 どん詰まりの本当の辺境。目と鼻の先はミャンマー。「貧」としか例えようの無い街。だけど活気だけはあった。公式の国境である「打洛(ダールオ)口岸」は現在開かれてはいないものの、地元の人たちは山の中の国境を自由に行き来してはささやかな国境貿易が ...

西双版納にはたくさんの仏教寺院、仏閣、仏塔などがある。それらは本来地元の人々のために建てられたものなのだが、今やその多くが観光資源としての側面をもつ。有名なのは曼飛龍(マンフェイロン)村にある「曼飛龍仏塔」や、景真山にある「景真八角亭」などがそうだ。ここ ...

情報が無い!もしくは錯綜。日本を出る前に読んだガイド・ブックに書かれていた内容には、この街にはまともに泊まれる宿は皆無とのこと。(一軒しか無い、と書かれていた物もある。)サンデー・マーケットを見るには前日に勐海(モンハイ)に泊まり、早朝バスで向かうのが良 ...

西双版納最大とも言われるサンデー・マーケットが開かれる事で有名な勐混(モンフン)の街も、マーケット以外は見所も特に無い。街の西側を山々に囲われ、他の三方は見渡す限りの畑だ。カメラ抱えて街をうろついた所で、撮れる物と言えば飽き飽きするほどの農耕地か人だけだ ...

西双版納最大規模とも言われるサンデー・マーケットが行われる事で有名な勐混(モンフン)。交通機関の発達や高速道路などのインフラの発展により、その規模は実際には噂ほどではない。今やこの地域一の大都市勐海(モンハイ)まで車で一時間足らずで行く事ができるのだ。売 ...

西双版納最大規模と言われるサンデー・マーケットに日程を合わせ、前乗りで訪問した勐混(モンフン)。これまでに訪れたどの街より小さく、農村と言う言葉がぴったりな街だった。少数民族色は色濃いどころか少数民族の人しか目にしないほど。だが、貧しいながらも、この街に ...