コイワカメラの「世界の路地裏で(または女たち)」

旅先で出会う変わった事物や、または女たち。 それに纏わるショート・ストーリーズ。(画像はクリックして大きくして見て下さい。)

タグ:マカオ歴史地区

僕のマカオ滞在中の周辺のあまりネタにならない日常風景。 主に内港区の定宿から雀仔園までの道のりの中で見かける断片。僕にとっては見慣れた風景に見慣れた顔ぶれwしかしながらマカオ滞在が一番楽しかった頃かな。マカオ全体が土地開発に沸いていて、ドタバタと賑やか ...

8年前の今日の「2012年8月10日」。 中国海南省の三亜市に滞在し、この旅のベースにしたマカオへ帰る日。 三亜発深圳着の早朝便に乗り込む為深夜に起きてはサイドカーで空港へ向かう。まだ薄暗く公共の交通機関が稼働していない時間にボッタクリのサイドカーに高額で乗 ...

世界遺産である「澳門歴史城区(マカオ歴史地区)」30箇所とその周辺画像のパート3。 銀塩紙焼やフィルムスキャンニングの劣化は別にして、今見直すと画角の切り方に違和感があるのは撮った当時かの考えがあったのかなんなのか?まぁ、15年以上前の写真。トークライブや ...

マカオ唯一の世界遺産「澳門歴史城区(マカオ歴史地区)」30カ所のパート2 。 この「回顧録」のシリーズって以前4TRAVEL に投稿した画像を編集の練習ついでにエントリーしているもの。フィルムで撮った紙焼きのスキャンニングもあるしフィルムをそのままスキャンした画 ...

マカオには「澳門歴史城区(マカオ歴史地区)」として半島部内の30カ所の建築物や広場が世界遺産登録されているスポットが点在する。 マカオ滞在時は特に世界遺産だからと意識することなく撮った写真の中に結構世界遺産スポットが混じる。 そんなマカオ滞在時に何気な ...

1622 年から1638年にかけて築かれた要塞内にあるギア教会は、聖クレア修道院を建設する前にギアの丘に居住していたクラリスト修道女によって建立されたものです。ギア教会の精巧なフレスコ画は、宗教的および神話的なモチーフを表した西洋と東洋双方のテーマを扱っていること ...

マカオに30箇所ある世界遺産のうち、最も北にあるのはどこでしょう? 正解は「カモンエス広場」。カモンエス公園という広い公園の一角にある広場が、世界遺産に登録されています。ちなみに同公園内には、他にも「カーサ庭園」と「プロテスタント墓地」という世界遺産もありま ...

澳門の路地裏は「30年前の香港のようだ」とよく言われる。香港にも未だ下町風情の路地裏はあるのだろうけれど、中心部から結構離れないと目にしないため、中心部のすぐ裏手に路地裏カルチャーが広がる澳門は観光客でも気軽に「路地裏散策」が安心して楽しめる稀有な場所だ。 ...

1770年代に建てられた、ルイス・カモンエス公園とプロテスタント墓地の間にある庭園と洋館。もとは地元の富豪であったマヌエル・ペレイラの別荘でした。のちに東インド会社がここを借入れ、スタッフを駐在させていました。その後はマカオ政府の財産になり、現在では東方基金 ...

このとき僕は「陰嚢水腫」を患っていて、軍医のような主治医に促されては人生初の手術及び入院をする事になる。その術前検査後の(もしかしたら人生最期の旅になるかもな)旅に澳門へ赴いた。夜景の中にたくさんの世界遺産が写り込んでいるけれど、何のことはなく、定宿から ...

マカオで最も古い教会の一つであり、イエズス会修道士が最初の拠点を築いた場所でもあります。1560年以前は竹と木で造られていましたが、後に石造りによって数回再建され、現在の外観および規模は1930年の再建によるものです。昔は、ポルトガル人コミュニティーの人々が結婚 ...

モンテの砦は中国の特別行政区マカオにあり、世界遺産「マカオ歴史地区」を構成する場所のひとつです。海抜52mの丘の上にあり、聖ポール大天主堂跡の横にあるエスカレーターから行くことができます。 モンテの砦は、1617年から1626年にかけてイエズス会修道士によって建造さ ...

聖ポール天主堂跡へと続く大階段前の大きな広場がイエズス会記念広場です。この広場から階段にかけては、聖ポール天主堂跡をバックに記念写真を撮る観光客が絶えません。また広場には、ポルトガルと中国の友好を表わしたブロンズ像が置かれています。広場周辺や、セナド広場 ...

1821年に作られた、マカオで初めてのプロテスタント墓地です。マカオ在住のイギリス人画家、ジョージ・シナリーやマカオに来た初めての宣教師であるロバート・モリソンのお墓があります。モリソンは聖書の中国語訳を作ったことでも有名です。墓地の入口にはモリソンに敬意を ...

 聖ドミンゴ広場(板樟堂前地, 玫瑰堂前地)はドミニコ教会前の広場で、セナド広場から聖ポール大聖堂跡へ向かう歩行者天国にあります。セナド広場から続く波打つ美しい石畳の広場で、周囲にはショップや飲食店が軒を連ね、常に多くの人で賑わっています。聖ドミニコ広場は ...

ナーチャ廟は中国の特別行政地区マカオにあり、世界遺産「マカオ歴史地区」を構成する建築のひとつです。聖ポール大天主堂跡と旧城壁の近くにあります。 ナーチャ廟は1888年に創建の中国寺院です。神話上の人物であり武道と疫病退治の神であるナーチャを祀っています。当時 ...

聖ドミニコ教会 (英語: St. Dominic's Church, ポルトガル語: Igreja de Sao Domingos, 中国語: 玫瑰堂) は、16世紀後半のバロック様式の教会であり、カトリックマカオ教区の教区教会である。マカオの半島部にあり、民政総署大楼にほど近い聖ドミニコ広場に面している。 158 ...

1889年に建てられたとされる建物は、マカオに大きな建物を複数所有していた著名な中国人貿易商・盧華詔の邸宅でした。セナド広場と大堂広場に近く、当時の「クリスチャン・シティ」中心部にあり、マカオの多様な社会構造を表しています。盧家屋敷は灰色レンガを使い、二階建 ...

カテドラル(大堂)の前にあるのが大堂広場で、モザイクタイルの石畳が敷かれ、中央には噴水があります。この広場は周囲より3メートルほど小高い場所にあり、その段差の壁には美しいアズレージョが並んでいます。なかでも一番東側の角には『in hoc signo vinces(この印の元 ...

大堂(カテドラル)は中国のマカオ特別行政区にあり、世界遺産「マカオ歴史地区」を構成する建築のひとつです。大堂広場の正面に建てられています。大堂(カテドラル)は、アジアの主教管区とて16世紀に建設されました。最初の物は土と藁でできた煉瓦造りだったそうですが、 ...

(昨夜の泥酔・寝落ちからの、今更のエントリーw)仁慈堂大樓 (じんじどうだいろう, 英語: Holy House of Mercy of Macau, ポルトガル語: Santa Casa da Misericordia) は、中国、マカオのセナド広場にある建築物である。仁慈堂(英語版)によって設立され、1569年にマカオ ...

セナド広場の市場の隣にある小さなお寺。三国志の関羽を神格化した、関帝はマカオの人々に信仰の厚い大人気の神様。 1792年に建てられた関帝を祀る廟。関帝は三国志の英雄で、マカオでは加護と安定をもたらすとして多くの人が家庭や職場、そしてカジノでも関帝を祀っていま ...

民政総署大楼(みんせいそうしょたいろう、中国語: 民政總署大樓、ポルトガル語: Edificio do Instituto para os Assuntos Civicos e Municipais)は、中華人民共和国マカオ特別行政区の役所「民政総署」の本庁舎。ポルトガル統治時代は澳門市の市役所が置かれ、中国語で「市 ...

バラの丘とも呼ばれる媽閣山の麓、媽閣廟と海事博物館のちょうど間にあり、一面に波模様のカルサーダス(ポルトガル式の石畳)が敷かれた美しい広場です。地元の人々の憩いの場でもあり、アイスクリームなどを売る屋台も見られます。また広場ではポルトガルの民俗ダンスが披 ...

ロバート・ホー・トン図書館とは、香港の大実業家ロバート・ホー・トンの別荘であった建物です。1894年以前はポルトガル人のドナ・キャロリーナ・クンハの住居でしたが、ロバート・ホー・トンが1918年に購入しました。1955年に彼は死去しますが、遺言により彼が集めた貴重な ...

聖オーガスティン教会の前にある小さな広場で、この教会とドン・ペドロ5世劇場、聖ヨセフ修道院及び聖堂、ロバート・ホー・トン図書館という4つの世界遺産建築物に囲まれています。石畳のコントラストが鮮やかで、人も少ないため、ゆったりと歴史的雰囲気に浸ることができま ...

聖オーガスティン教会は、マカオにある教会。1586年にスペインよりやって来たオーガスティン派修道士によって造られた修道院が元になっている。後にポルトガル人に引き渡し現在の場所に移転された。1874年の改修により現在の姿となった。何度か改修を重ねているが、資金難の ...

これまで外観のみ見学可能、イベント開催時のみ内部に立ち入ることができた世界遺産ドン・ペドロ5世劇場ですが、2012年9月から内部の一般公開がスタートしました。火曜日を除く毎日AM10時からPM6時まで、事前予約などをすることなく、無料で見学することができるようになって ...

聖ヨゼフ修道院及び聖堂は、修道院は1728年に、聖堂は1758年にイエズス会によって建設されました。イエズス会宣教師育成が目的で、中国や日本、その他アジアでの宣教活動の拠点となりました。イエズス会が追放されてからは、ラザロ派の聖職者たちに受け継がれます。そして、1 ...

聖ローレンス教会(聖老楞佐教堂, Igreja de Sao Lourenco)、別称風順堂とは、マカオにあるカトリック教会の教会堂。1558年から1600年にかけイエズス会により建立。ローレンス教会に祭られているローレンスは258年にシクストゥス2世らと共にローマ皇帝ウァレリアヌスの迫害 ...

1869年以前に建てられた屋敷は、著名な中国の文豪・鄭観應の伝統的な中国式住居でした。複数の建物と中庭で構成されており、アーチ型の装飾に灰色レンガを使用したり、インド式の真珠貝の窓枠に中国式格子窓が取り付けられるなど、中国と西洋の影響による様式が混在していま ...

1874年にイタリア人建築家Cassuto(カッスート)によって設計された建物です。当時、ポルトガル政府がマカオの治安を守るためにインドのゴアからムーア人(北西アフリカのアラブ人やベルベル人のイスラム教徒のこと)兵士を派遣し、その兵士たちの宿舎として建設しました。そ ...

その昔、リラウの地下水がマカオの天然水の供給源でした。ポルトガルの言い伝えに「リラウの水を飲んだ者はマカオを決して忘れない」とあり、これはリラウ広場に対する地元民のノスタルジックな想いを表したものです。このエリアはポルトガル人が最初に住み始めた地域の一つ ...

媽閣廟(マーコミュウ)は中国の特別行政区マカオにあり、「マカオ歴史地区」を構成する歴史的建築物のひとつとして世界遺産に登録された。媽閣廟は、1488年に建立されたマカオ最古の中国寺院。マカオの世界遺産で中国風の建物は数少ないが、ここはそのうちのひとつ。バラ岬 ...

澳門への観光客は必ずや訪れる「セナド広場」。朝飯を営地街市近くの粥屋で喰らった後に散策すると多くの観光客の一日の観光のスターティング・ポイントになっていたりして、たくさんの日本人観光客団体もよく見かける。2005年の世界遺産認定に向けて何十年もかけて整備が進 ...

1995年の「澳門初滞在」から23年間、特に目的も理由もなく撮り貯めた澳門の風景の断片の中。30ヶ所ある世界遺産「マカオ歴史地区」を羅列して並べるだけのシリーズ。とりあえず最初は「大三巴(セント・ポール天主堂跡)」でしょw聖ポール天主堂跡(サン・パウロ天主堂跡、 ...

澳門の世界遺産群の「建築物」の中でも最も重要な教会のひとつである「セント・オーガスティン教会(聖奧斯定教堂, Igreja de Santo Agostinho)」。日本国内ではフランシスコ・ザビエルで有名な「イエズス会」が、1591年に完成させた由緒ある教会だ。建物のファザード右下に ...

このブログの澳門ネタで結構な頻度でエントリーされている「大堂(大堂, 大廟頂,聖母聖誕堂, Catedral Igreja da Se)」。もともとこのエリアの佇まいが好きだし、投宿した宿の裏手なので先日は行き来が多かった。夜は彷徨える観光客の姿も無く、よりいっそう「良い」雰囲気 ...

澳門の代表的な世界遺産で「マカオ(MACAU)」の語源になったと言う説のある「媽閣廟」。観光ツアーの絶対枠で、早朝や深夜以外はツアー客やその他の観光客の姿が途絶える事が無い。この日僕は「浦(ポンテ・碼頭)」撮影流れで久しぶりに訪れた。撮影は全て「バラ広場(媽閣 ...

この公園自体は世界遺産では無いが、公園入り口前の広場が世界遺産である「ルイス・デ・カモンエス公園」。「この公園には何度も訪れていながら、今までネタにしたことがないなぁ」と思い、ストック・フォトを見直した。ネタにしなかったのは、画像全てが「小姐入り」だった ...