コイワカメラの「世界の路地裏で(または女たち)」

旅先で出会う変わった事物や、または女たち。 それに纏わるショート・ストーリーズ。(画像はクリックして大きくして見て下さい。)

タグ:バハマ

この年の冬休み、大学同期たちの多くは海外に出かけ、ある者はヨーロッパへ、ある者はカナダへ、ある者はベリーズへ、ある者はバルバドスへ向かう中、僕はバハマへ向かった。 当時はアフリカン・バハミアンが人口の98%を占めるバハマで、アメリカやヨーロッパから沢山の ...

バハマで、ピンク・サンド・ビーチで、泳ぐんだ!1988/02 - 1988/02 バハマの首都「ナッソウ」の北側にある「ケーブル・ビーチ」にある「ドラム&ビート」と言うディスコ(クラブ)のAB面。そのディスコ先のビーチ入り口でホット・ドッグ売りの屋台のBBAに「今日は人が出て ...

(なんか昔のフィルム画像を眺めていたら懐かしくなってw) 1987年から1988年にかけての冬のフィラデルフィアは極寒で、朝晩などマイナス10度を下るのが当たり前の日々が続いた。冬休みになって、ある同期生はより寒いカナダに旅立ったり、違う同期はヨーロッパへ旅立った ...

バハマの首都ナッソーでの定宿は「ナッソー・ストリート」から一本脇道(デランシー・ストリート)に入った場所にある「ディプロマット・イン」だった。バハマに足繁く通ったのは今から25年以上前のことで写真も今ほど撮ってはいないし、ましてや宿泊した宿の写真など撮るはず ...

世界中の主たる都市には結構な確率で存在する「ハード・ロック・カフェ」。 特に旨いわけでもない「アメリカン・ダイナー(安飯屋)」の料理を、ハード・ロックを基調にした展示物に囲まれたインテリアと共に、高い値段で(量だけは多い)提供する(観光客向けの)レスト ...

バハマの「ピンク・サンド・ビーチ」ってエルーセラ島が有名だけれど、昔はバハマ諸島のいたるところで見れた。赤サンゴの死骸が砂状化して堆積し、潮の満ち引きによってビーチの砂と混ざり合う事で出来ると現地で説明を受けた。これらの画像は20年以上前にバハマのプロビデ ...

「ワルン」とはインドネシア版個人商店のローカルの呼び名で、KIOSKレベルで買い物が出来るのはもちろんの事、軽食程度の食事もとれる場所も多い。そんな店先には必然的に「テラス席」のようにテーブルが並べられている所もあって、そんな場所は決まってローカルたちの「溜ま ...

「高飛び」や「流浪の旅」の目的地として、南国はそぐわないような気がする。 それでも短い時間で「脱・日本観」を感じるのに最も適した場所としての南国は「あり」だろう。 「安・近・短」の代名詞としての南国は、今現在の僕にとっては「サイパン」と言う事になる ...

日本から最短でも半日、乗り換えなどの時間を入れると丸一日ほどかかってしまうラテン・アメリカ諸国やカリブ海の島国は、日本ではあまり話題に上らないエリアだ。 しかし、アメリカの東北部に住んでいる人達にとっては、「安・近・短」で済ませられる「手ごろな」デステ ...

その昔、バハマのナッソーにはまっていた。 日本から直接バハマに行こうとすると、乗換えや何やらで20時間ほどかかってしまうけど、僕は若い頃の一時期、アメリカの東海岸に住んでいたので、そこからなら直行便で4時間弱で行ける手軽なエクスカーションだった。 感 ...