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最近とある団体の上映会で韓国映画を2編(同時にではなく別の日に)観た。

(詳細はWIKIPEDIA他のネットで検索していただきたい。)

一つは「母なる証明(原題:マザー)」。

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監督はポン・ジュノ。

コリー・ノワールとも称される新進気鋭の若い監督・脚本家の作品だがインディペンデント時代を含めると10作目。

メジャー・デビュー3作目。

以前のメジャー2作は「殺人の追憶」「グエムル」と言えば多くの映画ファンには分かるだろう。

そんなエポック・メイキングな監督作品に主演は「国民の母」と呼ばれるキム・ヘジャに徴兵後初の映画作品出演となる(漢流四天王と呼ばれた)ウォンビン。

「カンヌ映画祭出品作品」って言う冠で既に観る気が失せるが、その上『「ある視点」部門で上映』と言われても、その観る気を失せた気持ち2乗。

結局内容もラテン人種が好きそうな「不条理」で、さすがに韓国映画界も国内での商業ベースでの成功を見越せないための「カンヌ出品」だったのだろう。

ストーリー進行の中弛みも言うまでも無く、それ以前に出だしの「つかみ」の意味も(多分韓国人にも)理解できない。

中盤からエンディングに至る展開も同情できないし、それ以上にエンディングはファックだ。

映画は「ノンフィクション」の報道・提案と、「フィクション」のエンタメか、もしくは高度なそれら2つのクロス・オーバーの4種類だ。

この映画はどれにも属さない、監督の「自己満足」作品だな。

観るだけ、その時間の無駄だ。



そして同時期に作成された(実際には2008年作)反・北&共映画「クロッシング」。

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まるでディズニー・ランドの中の架空の世界を見せられているかのようで
「監督は本当の貧困を理解しているのか」と常時問いたいほどのアマチャンな描写。

人間本来の「情緒」に訴えかけようとする演出に、逆に辟易してしまうほどだ。

21世紀のアジアの「貧困」とはこんな程度の「悲劇」ではないし、その最先端の「北漢」が描かれる画像がこれでは本当の姿を観る者にとっては「オチャラケ」でしかない。



まぁ、知識のみで(経験も無く)描かれる画像を見せられる苦痛を感じる「若い映像」(色んな意味で)はドキュメントとしてもエンタメとしても成り立たないいい例なのだろうなぁ。

(同じベクトルなら同じように過ごす時間で「黄土地」とか「紅いコーリャン」とか観てた方が良かったなぁ。)