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1513年に初めてポルトガル人がマカオに訪れてから約500年。

居留地だったり植民地だったり、海外領だったり海外県だったりと、ポルトガル側から見たマカオの「立ち位置」は紆余曲折やそれぞれの主義・主張を含んでコロコロと変わった。

それほどまでにポルトガルとの関係の深いマカオには、ポルトガルにちなんだネーミングの通りも多い。

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そんな中で一番知名度が高いのは「十月初五(日)街」だろう。

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この通り以外にも「十月初五日巷」と言う通りも存在する。

「10月5日」は当時宗主国であったポルトガル本土においての1910年10月5日に「共和主義革命」が成就した日なのだ。

と言う事は来年はポルトガル共和主義革命60周年記念の年。

来年の10月5日にはマカオのこの路地でも何かしらのアクションが............ある訳無いか。

大体「10月5日」が何の日であるか知っているマカオ人なんてその数はたかが知れてるからね。w


本土ポルトガルでも1910年の「共和主義革命」より、1974年4月25日に起こった「カーネーション革命」の方が民衆蜂起と言う点では記憶に新しいからね。


(そう言えば、マカオ半島内のどこかに「4月25日通り」らしいのもあったような記憶があるなぁ。)