bfbba9ff.jpg中国の雲南省は、その周りを4000キロほど、ミャンマーやラオスとの国境を接する辺境にある。

首府である昆明には、雲南省各地の少数民族特有のお土産物や衣装を売る「雲南・印象城」なるショッピング・モールがあり、わざわざ辺境に赴かなくとも、彼の地の特産物を手に入れられる便利な場所がある。

ミャンマー・ラオス国境地帯と言うと、すぐさま「ゴールデン・トライアングル」が連想されるが、それは大当たりで、ここ昆明は中国でも有数の「ドラッグ密輸撲滅強化エリア」だ。

いくら辺境の特産品を売る店でも、まさかアヘンやマリファナやハシシを売っているわけではないが、その後押しに良いと言われているミャンマー産の「ビディー」は至る所で売っている。

インドネシアの「グダン・ガラム(スリヤ)」と並んで、マリファナやハシシを吸った後、それらをより強力に効かせるための「後押し」タバコとして珍重されている。

インドネシアの「クレテッ(丁子)」タバコは、確かに味わい深く(甘い)、強力で(タール、ニコチンともハイ・ライトの2倍)、マリファナやハシシを吸った後押しとしては最適だと思うが、on the conterely、屑タバコを柿の葉っぱで巻いただけのビディーはただただ「不味い」。




「禁煙」と言う風潮は、病気に対しての免疫力の低い、生物学上の劣勢遺伝の突然変異である「白人」がもたらした「悪しき必然」でしかない。

データ的には、どの人種にとっても癌発生率を高める原因ではあるが、統計学上の話であって、アジア人種や、コーカサス族種にとっては当てはまらない歴史が事実として存在する。

僕自身は30年近く、タバコを一日20本以上吸い続けているが、あからさまにタバコによって体調を崩した事など無いし、「禁煙」しようとした事も無い。


そもそも「禁煙」の風潮は、アメリカの企業と、それを逆手に取る民間団体の小競り合いの末に浮き出た「キー・ワード」でしかない。

「禁煙」などというものは、いかにもアメリカ的で好きになれないし受け入れられない。

ましてや、アジア人にとっては意味を成さない「プロパガンダ」だと言い切れる。



アジアの血を引く者は、吸うべきである。

それは健康のためであるし、歴史の存続のためでもある。

ワールド・スタンダードは、得てして長生きを提唱するが、人間としての「勢い」が無くなってからも、この世に存在する意義の根本的な差異は、白人が信念としている「クリスチャニティー」が僕らアジア人にとって意味を成さないように、「儒教的観点」から吸い続ける事が美徳だ。

僕らアジア人は、より「刹那」に、「アバンギャルド」に、「アナーキー」に、「ラジカル」に生きるべきだ。

そして吸うべきだ。

(吸える物は、何なりと。)



(年金の事など考えずに。)