a87f9d73.jpg世界中の色んな街を訪れる度に、女の子の「綺麗度合い」が高い街とそうでない街があるのに気づく。

僕自身が日本人なので、東洋趣味は潜在的に刷り込まれたD.N.A.の仕業と推測されるが、それ以外にも考えられる要素は多々ある。


僕自身が女の子の「綺麗度合い」の高い街と思うのは、東京・香港・マカオ・ソウル・台北・昆明・勐罕(橄攬壩)だ。


統計学的結論を先に言わせてもらえば、この7都市の共通点は、資本主義エリア・封建的都市・国境から近く・ファッション至上主義・風俗の種類の多さ・多民族都市そして仏教だと思う。


じゃぁシンガポールはどうなの?とか、スリジャヤワルダナブラコッテは何なの?と言う疑問も生まれるが、物事には全て例外があるので、許容範囲として無視していただいて。




中国を旅していてよく思うことは、人口が日本の10倍以上も在りながら、そこに存在する女の子のレベルの低さだ。

普通に旅してる限りでは、なかなか「おっ!」と思う子に出会うことが少ない。



そんな中でも勐罕(橄攬壩)は血が混ざりまくった歴史の上に築かれた、エキゾチシズムの様な物が顕著にあり、ハーフに弱い日本人を体現するかのように、結構な度合いで普通の女の子の綺麗度を感じる。



昆明はその集大成。

少数民族の女の子が、いまどきのお洒落に身を包み、街中を闊歩している。

僕はそんなのに弱い。

「ツボ」なのだ。



でもそんな女の子達を、生活観一杯で写真にすることは得意なのだが、お洒落に撮ることは苦手だ。




そこが「普通の人々」を撮り続けている結果なのだろうし、ファッション写真家になれない「ポイント」なのだろうか。




(まぁ、もともとブルース・ウェバーを目指してはいないけどね。)