485f6498.jpg珠海の街中で、ちょっとのどが渇くと街中のカフェで一息つく。

珠海を訪れる目的が目的なだけに、カフェで飲み物をサーブしてくれる普通の女の子を見ると妙に純情そうな、可憐な気がしてくる。

話をしていても、浮世離れしていない普通の会話が、逆にこの珠海の街中では「特殊」な気がしてしまうのは、明らかに僕の方に原因が在るのだが。

中国・広東省珠海市はマカオと地続きの隣町だ。

一国二制度とか、一国三政度とも言われる珠海デルタ・エリアにあって、同じ国ながらマカオ・香港・珠海は、それぞれ「隣町」ながら、行き来するのに現地の人たちは「通行証」を、三国人は「パスポート」を必要とする「海外」扱いなのだ。

それぞれ隣り合った「街」が、それぞれに「憲法」や「法律」を持ち、軍事と外交以外は高度な「自治権」を持った「都市国家」として事実上成り立っている。

難しい話はとりあえず置いといて、要はシステム違いの隙間が多いのだ。

男達にしてみれば、「本土中国側で暮らし、香港で給料をもらい、マカオで遊ぶ」生活が理想なのだ。

その隙間の多くは、「賭博や飲酒、風俗やドラッグ」と日本で言うところの「アンダーグランド」な部分がほとんどで、珠海エリアで暮らしていると、何が「アップグランド」で何が「アンダーグランド」なのか、その境界線が定かでなくなってくる。

そんな時に、「普通の」女の子に出会って「普通の」会話ができると、自分の居場所を再確認させられる気分になる。



日々のマカオでの暮らしが、中国本土の貧農の「口減らし」のために娼館で働く20歳前後の女の子達と過ごしていると、同じ貧農出身ながら自力で大学を出た物の、コネが無いために街中のカフェで給仕をする女の子との会話では、隔世の感があるのはしょうがないことだ。


(このカフェの周りにも、絶えず街鶏がウロウロしているのだが。)