94e00840.jpgニュー・ヨーク・シティー。

もう何年この街を訪れて無いのだろう。




僕の若かりし頃の総てはこの街に於いての価値観だった。

この街に住むことが目標だったし、そのために「トレーニング・ビザ」と言う特殊なビザまで取ったほどだ。

語学・音楽・絵画・教養・知識・ライフスタイルと、「ニューヨーカー」に成るべく20代のほとんどを費やした。

30代になりながらも、漠然とその思いは続いていたが、実際に赴く先はアジアへと代わって行った頃でもある。

イラン・イラク戦争が起こり、締めくくりに「9・11」があったような気がする。

結婚や仕事の変化によってこの街の事を考えることも少なくなり、今や懐かしい気がするほどだ。


この街の話題になると、得意がってこの街で過ごしたことをよく自慢するが、キーワードが「トンネル」「パラディアム」や「マーズ」、「サイド・ウォーカー」や「カリプソ」と、やや時代がかっているのは、そう言う時分にこの街で「青春」を過ごしてきた結果なのだと強く思う今日この頃。

「ヤッピー」とか「ヒップ」と言う言葉の意味さえも、今現在は違う意味になるほど昔の話だ。

「合理主義」を美徳と思っていたし、「個人主義」を信念にしていたこともあった。

その総てを逆にしてしまったのは「9・11」だったし、「信念」何て言うものももろくも崩れ去った感がある。


その後の僕の在るべき「位置」は、このブログに書き続けてきたことだが、やはりテレビなどでこの街が紹介される度、僕の内包するこの街への思いは20代のころにフラッシュ・バックしてしまうみたいだ。





どう転がっても、この街は世界のトップに君臨するのだろうし、僕の中でも「ふられた女に対しての思い」の様なものがいつまでもしているのは確かだ。








(クライアントさん、ニューヨークでの仕事ください。w)