ブログネタ
アメリカ に参加中!
5bc90c2c.jpgその昔、バハマのナッソーにはまっていた。

日本から直接バハマに行こうとすると、乗換えや何やらで20時間ほどかかってしまうけど、僕は若い頃の一時期、アメリカの東海岸に住んでいたので、そこからなら直行便で4時間弱で行ける手軽なエクスカーションだった。

感覚的には、日本からサイパンやグアムに行く感じだ。


当時はバハマに特別な思い入れがあったわけでもなく、近場で南国ならならバージンでもバミューダでもプエルト・リコでも良かったのだが、たまたまユナイテッド航空の「フレンドリー・エア・パス(当時のユナイテッドの周遊券)」の唯一の南国カバー地域だったからだ。

ナッソーでは色んな「初めて」の経験をした。

カジノもそうだし、エスニック料理も初だった。 黒人の経験もそのうちの一つだ。

ナッソーの中心街にベイ・ストリートとウェスト・ベイ・ストリートがあり、両者はストロー・マーケット前で一本奥に引っ込んだマールボロー・ストリートによって一本の海岸沿いの通りになる。

マールボロー・ストリートにはコンプレックス・スタイルの建物があり、その右脇にいつも数人のピキがたむろっていた。

当時、人口の98%が黒人のれっきとした黒人国家だったので、ピキも黒人なら娼婦も黒人(当たり前)なのだが、街行く人の全てが黒人のため、2〜3日も過ごすと目も「黒人慣れ」してきて、ピキたちと一緒に街角でたむろったりしていた。

彼らは娼婦の斡旋だけではなく、例に漏れずタクシーや薬物、果ては海上の交通手段まで、ありとあらゆる斡旋の手段をしていた。

僕はナッソーにはパートナーがいたため、彼らのお世話にはならなかったが、当時ナッソーには、海外の政治家なども利用する「高級娼宿」があり、彼ら曰くUS$400とのことだった。

もちろん格安の物件もあり、それでも確かUS$120と、なんだかリアルなプライスを提示された記憶がある。


当時の色々な初体験が、以後の自分の中の南洋幻想に結びついているのではないかと思いをはせるのであった。